四十七士木像

山科に閑居して好機を待ち受けていました赤穂浪士大石内蔵助良雄翁は、この法住寺の身代り不動尊に詣でて大願成就を祈誓されましたが、当山が妙法院の院家であるところから、宮方を通じて公儀の情勢をうかがい、又同志との連絡・会合の場所にもされましたところから、永く義士の遺徳を伝える為に木像を安置することとなったのです。